2006年 11月 01日
輝くことば |
ミケルに初めて会ったのは、今年の春。
日本語を習いたくて、電話して来たのだ。
待ち合わせをした駅前に来た男の人は、背が小さくて、なんとなく目の焦点の合わない感じ、挨拶したけど、顔に表情があんまりなかった。
結局それから週一度授業をすることになったんだけど、1回目でわたしはくたくたになってしまった。
言ってる事が通じないのだ。
わたしはかなり忍耐強い方だと思う。
それが、どんなにゆっくり簡単な事を説明しても、全然違う返事が返って来たり、ぽかんとした顔で、はあ、もごもご、と言うだけなのだ。
わかったのかどうかも、定かじゃない。
壁に向かって一時間半話し続けてるみたい…
さよならを言って喫茶店を出た後、ぼんやりと、
”早くやめてくれないかな。つまんなさそうだから、すぐ飽きてくれるといいなあ。”
なんて思ってた。
そんなある日。
いつもにも増して、二人の会話はちぐはぐ。
新しい課に入って、まず新しい言葉の意味を説明しなきゃ行けない、とくにめんどくさい日だった。
”じゃあさ、意味書いてこうね。”
私を見て、ぽかんとする。
”…鉛筆手に取って。そこの、そうそう、そこの上に、*****って書いてごらん。”
のろのろと動き出したけど、そのあとも、意志が通じない。
とうとうわたしはぷつん、と切れてしまった。
かといって、怒鳴ったりした訳じゃない。
けど、無意識のうちに、アホか、という驚きと怒りの目で、ミケルをじいっと見てしまったのだ。
そのあと、時々、知らず知らず出てくるため息とともに、授業を続けた。
そして喫茶店を出たとき。
ミケルが突然言った。
”頭いたい。”
ひたいに触ってみると、とても熱かった。体の調子が悪かったのだ。
とたんに、わたしはすごく恥ずかしくなって、謝るにも謝れず、最後まで頑張ったミケルが可哀想で、さよならもそこそこに、家に帰った。
次の週。
ミケルはまた戻って来た。
前の週の事ですっかり懲りたわたしは、今までよりもさらにスピードをおとして、何回も繰り返して話すようになった。すると、わかったことがあった。
ミケルに通じてなかったんじゃない。
わたしにミケルの言ってる事が通じてなかったのだ。
彼の職業は、空調機の取り付け技師。
体力勝負、早起きの仕事で、男くさい世界に生きている。
そういう中でしゃべる言葉は、町中のおしゃれな人たちが話す言葉よりも、短くて、不器用な感じなのだ。テンポだって違う。
よく考えたら、日本にだって、こういうタイプの人はいる。
それをわたしが知らなかっただけだったのだ。
かれは、仕事の移動の合間には、必ず教科書を出して、読んでるのだそうだ。
そんなにひたむきに、勉強したがってる人の事、わたしは何もわかってなかった。
こいつはアホか、と思ってた時の、自分の顔を思い浮かべて、わたしはぞっとした。
それから半年以上が経った。
相変わらず進みは遅く、ふたりの会話はちぐはぐなままだけど、回を追うごとに、彼にびっくりさせられる事が多くなって来た。
今日、新しい課に移る前に、簡単なテストで、20個くらいの形容詞を、日本語で言ってもらった。
ミケルは満点だった。
そのもごもご動く口から、ゆっくりながらも出てくる形容詞たちは、どんな言葉よりも、輝いていた。
日本語を習いたくて、電話して来たのだ。
待ち合わせをした駅前に来た男の人は、背が小さくて、なんとなく目の焦点の合わない感じ、挨拶したけど、顔に表情があんまりなかった。
結局それから週一度授業をすることになったんだけど、1回目でわたしはくたくたになってしまった。
言ってる事が通じないのだ。
わたしはかなり忍耐強い方だと思う。
それが、どんなにゆっくり簡単な事を説明しても、全然違う返事が返って来たり、ぽかんとした顔で、はあ、もごもご、と言うだけなのだ。
わかったのかどうかも、定かじゃない。
壁に向かって一時間半話し続けてるみたい…
さよならを言って喫茶店を出た後、ぼんやりと、
”早くやめてくれないかな。つまんなさそうだから、すぐ飽きてくれるといいなあ。”
なんて思ってた。
そんなある日。
いつもにも増して、二人の会話はちぐはぐ。
新しい課に入って、まず新しい言葉の意味を説明しなきゃ行けない、とくにめんどくさい日だった。
”じゃあさ、意味書いてこうね。”
私を見て、ぽかんとする。
”…鉛筆手に取って。そこの、そうそう、そこの上に、*****って書いてごらん。”
のろのろと動き出したけど、そのあとも、意志が通じない。
とうとうわたしはぷつん、と切れてしまった。
かといって、怒鳴ったりした訳じゃない。
けど、無意識のうちに、アホか、という驚きと怒りの目で、ミケルをじいっと見てしまったのだ。
そのあと、時々、知らず知らず出てくるため息とともに、授業を続けた。
そして喫茶店を出たとき。
ミケルが突然言った。
”頭いたい。”
ひたいに触ってみると、とても熱かった。体の調子が悪かったのだ。
とたんに、わたしはすごく恥ずかしくなって、謝るにも謝れず、最後まで頑張ったミケルが可哀想で、さよならもそこそこに、家に帰った。
次の週。
ミケルはまた戻って来た。
前の週の事ですっかり懲りたわたしは、今までよりもさらにスピードをおとして、何回も繰り返して話すようになった。すると、わかったことがあった。
ミケルに通じてなかったんじゃない。
わたしにミケルの言ってる事が通じてなかったのだ。
彼の職業は、空調機の取り付け技師。
体力勝負、早起きの仕事で、男くさい世界に生きている。
そういう中でしゃべる言葉は、町中のおしゃれな人たちが話す言葉よりも、短くて、不器用な感じなのだ。テンポだって違う。
よく考えたら、日本にだって、こういうタイプの人はいる。
それをわたしが知らなかっただけだったのだ。
かれは、仕事の移動の合間には、必ず教科書を出して、読んでるのだそうだ。
そんなにひたむきに、勉強したがってる人の事、わたしは何もわかってなかった。
こいつはアホか、と思ってた時の、自分の顔を思い浮かべて、わたしはぞっとした。
それから半年以上が経った。
相変わらず進みは遅く、ふたりの会話はちぐはぐなままだけど、回を追うごとに、彼にびっくりさせられる事が多くなって来た。
今日、新しい課に移る前に、簡単なテストで、20個くらいの形容詞を、日本語で言ってもらった。
ミケルは満点だった。
そのもごもご動く口から、ゆっくりながらも出てくる形容詞たちは、どんな言葉よりも、輝いていた。
by sidoredo
| 2006-11-01 07:16
| 日々